でも、だからこそ、今は余計に認めたくなくて、
「冗談は、やめてくれ」
否定の言葉を返した。
「別に私は嘘はいってないよ。ただ君が信じていないだけ。いや、認めたくないのかな」
窓の外を覗きながら、イリスは言う。
「なら、その神様が何の用だ。僕に死の宣告でもしにきたの?」
「ちがうよ」
イリスはあっさり否定した。
「それは死に神の役目だ。最も、よほど稀な場合でなければ死に神が見えた時点で人間は魂を狩られているんだが」
大きな本がまるで常識だ、というかのように言った。
「私は、あなたとお話ししに来ただけだから。忠告とも言うのかな?」
そう言うと、イリスは窓枠に腰掛ける。
「忠告………?」
気づけば風が止まっていた。
「そう。あなたにね」
重そうな本をゆっくりと胸の前に持っていく。
真っ直ぐに、イリスの瞳が樹をとらえながら。
ページが捲られる。その時、微かにいい匂いが流れてきた。
「これは、今のあなたに必要な花だから」
そういうと一本の花を何処からともなく樹の前に差し出した。
紫色と黄色の色が美しい、一輪の花。
「これって………」
どこかで見た気がするが、樹は別に花のスペシャリストじゃない。ただ、姿をしっているだけ。
「アヤメだよ」
と、イリスは言った。
「今の君にしては勿体ない花だけどね」
本は憎まれ口を叩く。
それを聞いたイリスが小さく笑って、言った。
「……アヤメの花言葉はね、信じる者の幸福、だよ」
―――信じる者の、幸福―――か。
開いた本を閉じる彼女に樹は訊いた。
「何で僕に渡すんだ?だいたい必要って何にだよ」
「それは言えない。だから君に渡したんだ。これ以上、神様に甘えられちゃ困るんだ。いい加減に自分で育ってくれないと」
うんざりしたように本が言う。
「そういうコトだから、手入れはよろしくね。さっきも言ったように、そのアヤメはあなた自身に必要だから――――」
イリスが言い終わらないうちに、二人の間を風が駆け抜けた。白いカーテンがイリスを覆う。
カーテンフックがチャラチャラと音をたて、静かになった。
「―――枯らしちゃ駄目だよ」
風がきれいに止んだとき、彼女はそこにいなかった。
言葉だけが樹の頭に響いていた。
ゆっくりと、しっかりと。
ただそれが、夢でなかったと証明するかのように